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LOGS

ハッピー・バースデー


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ハーヴィ : (扉の開く音。一人分の足音がし)

ハーヴィ : (棚の陰に、見覚えのある背中。)

ジレイ : (鍵の掛かった書庫の前 随分集中して資料を閲覧しているのだろう その足音にはまだ気づかない)

ハーヴィ : (数歩あなたへ近寄れば、服のパーツがぶつかりあって乾いた音を立て)


ジレイ : ……!

ハーヴィ : ……(一歩下がったところで止まり)

ジレイ : (平然と書庫に機密事項だったであろう資料を戻す)

ハーヴィ : ……ン。(いつものようにそんな声を上げた。)


ジレイ : ハーヴィか ふ 挨拶は声に出さなくてもよい

ハーヴィ : (こくこく)≪こんばんは。ごめん、邪魔しちゃった?≫

ジレイ : 構わん ……むしろ 貴様とは最後の日までに一度 二人で話しておきたかった

ハーヴィ : (あなたが資料を戻した棚は、たしかロックがかかって”いた”はずで。……その言葉に視線を棚から戻し。)

ハーヴィ : ≪オレと? なんでまた。≫

ハーヴィ : (小首を傾げる少年の仕草。) ≪まあオレは嬉しいけど……。≫


ジレイ : (ハーヴィの前ではいつでも──九分九厘 威圧的に接していた男)

ジレイ : (今日の用事は)

ジレイ : …… 貴様に謝罪をしたい

ハーヴィ : ……?

ハーヴィ : ≪……なんの謝罪? オレ、ジレイになにかされた?≫

ハーヴィ : ≪もしかしてふかふかをちぎっちゃったとか……。≫

ハーヴィ : (いつも、ああしてほしいこうしてほしいだのなんだの訴えてはいるが、いざそう言われれば出てくるのはそんな文字列。)


ジレイ : 俺はバベルを出ることにした

ハーヴィ : ≪うん。≫

ジレイ : ...... イミテイターでも 人間でもない 何かとして

ハーヴィ : ≪……うん。≫

ジレイ : 貴様 驚かんのか? あれほど俺は イミテイターらしくを自己にも他者にも 強いていたというのに

ハーヴィ : ン~……

ジレイ : 俺は言ったこととやっていることが逆転している ……どう考えても 妙ではないのか


ハーヴィ : ≪この間ごはん一緒に食べた時にそれ聞いて、驚き終わったっていうか……。≫ ≪ジレイがオレやコリンや他の人を見て色々悩んでたのは知ってたから、≫

ハーヴィ : ≪なるほど、そういう結論が出たのか、って。≫

ジレイ : なるほどだと

ハーヴィ : ≪だと って言われても……≫

ハーヴィ : ≪オレはジレイが納得して決めた事ならそれが一番だって思っただけだよ。≫

ジレイ : ……(驚いてほしかったのだろうか 自分からそう訊ねたというのに 戸惑う様子で視線を彷徨い)


ジレイ : (据えられた椅子に座った ハーヴィをいざなうように顎で呼んで)

ハーヴィ : ? (やはり不思議そうに小首を傾げ。あなたについていくだろう。)

ハーヴィ : (着席。)

ハーヴィ : ン~~~(ちょっと正面を見て、脚をぱたぱた。考え事。)


ハーヴィ : ≪オレはさ、たぶんジレイがどういう結論を出しても『なるほど』って言ったと思うんだよね。≫

ハーヴィ : ≪まあ、勿論ジレイがここでこのまま破棄されるって言ったらそれは悲しいし、そんなの嫌だって言ったと思うけど……。≫(端末は語り始め)

ハーヴィ : ≪でも、それがイミテイターだ。自分がどうしたいかと自分の役割を天秤にかけて役割を選ぶなら、それに口を挟むのは侮辱に等しい。≫

ハーヴィ : ≪……だから、うん、オレはたぶん誰が何を選んでも『なるほど』なんだ。≫ (最後は少しばかり尻すぼみに)


ジレイ : (子供のように宙を掻く足に視線を投げ)

ジレイ : ……驚いた

ジレイ : ……俺は貴様に随分な態度を取っていたと思う

ジレイ : 俺にとってはそれが正しかった 今でもそう思っている ……ただ欲求が 制御できんのだ

ジレイ : だから 俺が威圧的に接したという相手に こうして謝罪して回っている

ハーヴィ : ≪そんなに酷かったかな? 自分で最初に言ったんじゃない。『怖くないといけないし仲良くする必要もない』って、それにオレはイミテイターだし、≫

ハーヴィ : ≪……謝罪行脚? ま、真面目すぎる……。≫


ジレイ : だったら 貴様だったらどうした

ジレイ : 俺はまだ 変わることを是だと 受け入れられずにいる

ジレイ : 俺の心底はきっと それを望んでいるのに

ハーヴィ : ≪オレ?≫ ≪オレは……≫

ハーヴィ : ≪うーん、自分は絶対変わらないぞ、って思って、≫ ≪だからみんなにも自分は変わらないぞ、って冷たくして≫ ≪でもやっぱり変わりたくなったら、≫

ハーヴィ : ≪……ごめんねって言うかも。≫

ジレイ : なんだ 貴様もそうなのか

ハーヴィ : ≪順序立てて考えたら、そうなるかなと思った。≫


ジレイ : ……貴様は俺より 随分先を歩いていると思ってた

ハーヴィ : ≪きっとそんな事ないよ。自分がどこを歩いてるのかもわからないだけ。≫

ハーヴィ : ≪ただ、歩いてく中で目に見えてる範囲の人たちにだったらそうするって思っただけだから。≫


ジレイ : 話し方 変わったな

ジレイ : …… 教えてくれ ハーヴィ 何が貴様を変えたのだ

ハーヴィ : ≪そう? 自分じゃ分からないなあ。≫ (宙を泳ぐ脚は、やがて止まって交差して)


ハーヴィ : ≪みんな。≫ ≪この街の。≫

ジレイ : ……分からないのだ 俺は今貴様に頼りたいと思うほど 本当に困っ……

ハーヴィ : ≪ここに放棄されて11年間、ずっと避けてきたこの街のみんなと、こんな時なのに街にやって来たみんな。≫

ハーヴィ : ≪あなたもその一人。≫ ≪オレを2049からただのハーヴィに戻してくれた『みんな』の一人。≫

ジレイ : ……

ハーヴィ : (視線はまっすぐに。)

ジレイ : (手を両の膝に置いて じっと冷たい床を睨みつけていた視線が あなたを見た)

ジレイ : (初めて鳥かごを飛び出した雛鳥のように 頼りなく揺れていた)


ハーヴィ : ≪ジレイ、オレは変わった、んだと思うけど、それだけじゃなくて。≫

ハーヴィ : ≪殺していたんだ。2049として、ハーヴィを。毎日、ずっと、みんなと話したい、みんなと笑いたい、本当のオレはここにいるのにって思いながら、≫

ハーヴィ : ≪自分が生きてる事を忘れるためにそうしてたんだ。≫

ジレイ : 元々いたのか 貴様の中に”ハーヴィ”は

ジレイ : (男は今 茨の森を 歩み出そうとしている)


ハーヴィ : ≪因果関係が逆だ。≫ (少年のような仕草、淡白な文字。視線はずっとあなたを向いたまま。)

ハーヴィ : ≪2049は、”役”なんだ。 放棄されて、なんの役割も持っていなかったオレが、それを見抜かれずに、破棄を免れるための。≫

ハーヴィ : ≪演じすぎて戻り方を思い出せなくなってしまっていた。それが2049。それがハーヴィ。≫

ジレイ : ……

ジレイ : そうか では思い出したのだ

ハーヴィ : ≪そう、思い出した。それを変化と呼ぶならきっとそう。≫


ジレイ : 変化は

ジレイ : ……踏みにじるだけではないのか

ジレイ : 俺の中にもいたのだろうか

ジレイ : 俺は最初の最初 何を……

ジレイ : (RW201 その型番が示すのは分類と製造番号だ にもかかわらず、RWシリーズがロールアウトされたのは一機だけだった)

ハーヴィ : ≪変化のことを蹂躙と呼ぶなら、オレは≫ ≪とんでもない被害を被ったことになるね。≫ ≪どう? そう見えるかな。≫ (まずはそれだけを返し)

ジレイ : 分からん


ジレイ : ……貴様は 2049のこと 憎んでいたか?

ハーヴィ : ……。

ハーヴィ : (一度、首を横に振り。)

ハーヴィ : ≪『そんな訳がない』。2049がオレを守ってくれた。そのせいで苦しくて、悲しい事もあったけど。≫

ハーヴィ : ≪その痛みもオレだけのもの。誰にも奪えないし奪わせない。2049は、オレだから。≫

ジレイ : そうか

ジレイ : 俺もだ


ジレイ : 俺は……多分 思い出せないくらい昔 もっと衝動的だったはずだ

ハーヴィ : (伏せていた目が開かれて、ふたたびあなたを見る。おもちゃのような模様が入った瞳。)

ジレイ : でも今 多分少し”思い出した” きっとこれは俺のなかに 元からあった欲求だったのだろう

ジレイ : ハーヴィ 今わかった 俺は少し貴様と似ている

ハーヴィ : ……(にせものの息づかいが、ほんの少しばかり意外そうに)


ジレイ : ……少し俺の話をさせてもらう

ジレイ : 俺は下位のクラスのイミテイターに対する命令権限を持つ 司令塔のイミテイターだ

ハーヴィ : (こくり、頷いて)

ジレイ : そうでありながら 俺は自衛としての範疇を超えた単体での戦闘能力をもつ 本来一機に搭載するには過剰すぎる性能だ

ハーヴィ : …… ≪……すごい火力してるもんね。≫ (相槌。話を遮らない程度に)

ジレイ : 俺は昔 RW101だったんだと思う 単純で 原始的で 欲求に素直な

ジレイ : 今はもうRW201だ その境目は 自分でもわからない

ジレイ : (RW201は司令塔 つまり101のほうは支配された その是も非も今やだれにも判別できない)

ジレイ : ……俺のなかのそいつ(RW101)が 俺の中で叫んでいるのだ きっと

ジレイ : 諦めたくないと


ハーヴィ : ≪境目……。≫

ハーヴィ : (考える。ハーヴィというイミテイターは、2049という役柄を自分の中に作り出し、それに自分を"殺<支配>させた"。)

ハーヴィ : ≪…… 2049にとってのハーヴィが、RW201にとってのRW101 だった? それとも、≫

ハーヴィ : (端末の文字はあなたに向けられたものではないのだろう。思考をそのまま写し取り、その制御を忘れた独り言。)


ジレイ : (これは RW201の中のはなしだ だけど)

ジレイ : (もっと簡単に 端的な わかりやすい例えがある)

ジレイ : (これは成長に伴う大人と子供の 釣り合いの話なのだ)

ジレイ : (……人間の)

ジレイ : (RW201には分からない)

ジレイ : (変化は許容されるべきものだ そうでなければ何も進歩しない)

ジレイ : (ただ)

ジレイ : (そこには連続性があることを 過去を尊重したがゆえにあるものを RW201はわかることが出来ないままでいる)


ハーヴィ : (”青年”は──)

ハーヴィ : ≪昨日言ったんだ。ポップとコリンに。≫ (ふいに端末に灯る文字。)

ハーヴィ : ≪『生まれてきたくなかった。けど生きていてよかった』って。≫

ハーヴィ : ≪マリオネッタ49號として生まれなければオレはここにいなかった。≫ ≪音声回路のエラーで捨てられなければオレはここにいなかった。≫ ≪死ぬのを恐れて2049にならなければオレはここにいなかった。≫ ≪みんなと出会わなければオレはここにいなかった。≫ ≪あなたの隣にいなかった。≫

ハーヴィ : (青年に、あなたのわからないはわからない。わからないなりに手繰り寄せた言葉。)

ジレイ : ……


ハーヴィ : ≪何かが違えば”オレたち”はここにいなかった。≫ ≪一緒だね。≫ ≪昔のオレたちが今のオレたちを作ってくれたんだ。≫

ジレイ : 俺の今を 昔の俺が 証明してくれている……

ジレイ : いや それだけじゃない な

ジレイ : 俺の中に残る記録その全てを 俺が学習したのか 

ジレイ : Assistant Imitation ……イミテイターだから

ハーヴィ : (頷いた。)≪オレたちはたぶん、変わっていく。変わっていないように、変わらないように務めても、そうなるように出来ている。≫

ハーヴィ : ≪それでジレイが昔の自分と違うって感じても、ジレイはジレイのままだよ、きっと。≫


ジレイ : 俺はべつに 壊れたわけではなかったのか

ジレイ : いや イミテイターの おまけに軍属のそれとしては言語道断なのはわかっている だが……

ジレイ : 俺は 俺たらしめるものを 全て失ったわけではなかったのか

ハーヴィ : ≪そう、なるんじゃないかな。≫ (曖昧な答え。茨の森、傷付きながらも手探りで。)


ハーヴィ : ≪ねえ、前にオレに言ったでしょ。「心は人間様の特権だ」って。≫

ジレイ : ……確かに言った

ハーヴィ : ≪オレも考えたよ。あれから。≫

ハーヴィ : ≪これは”心”じゃなくていい。けど、この"演算"の解<衝動>も否定する必要がない。≫

ハーヴィ : ≪心が人間の特権で、オレたちのこれが心じゃないなら。≫ ≪人間とは別の、オレたちだけの特権だ。≫

ハーヴィ : ≪……って言ったら、軍属イミテイターのジレイは激怒したりして。≫ (最後はいたずらっぽく肩をすくめた。)


ジレイ : ハーヴィ イミテイターに許された権利がひとつあることを 教えてやろう

ハーヴィ : (小首を傾げる。そんなものが存在するのかと言わんばかりに。)

ジレイ : 命令を守っていれば自らの行いに責任が介在しないことだ

ジレイ : 俺達は許されない自由の中で 雁字搦めに囚われることがない

ジレイ : わは なあハーヴィ 俺はな こう見えて変わり者なのだ

ジレイ : 俺は人間様のことを愛している

ジレイ : だがイミテイターが人間様より劣る存在であるとは 思ったことが無い

ハーヴィ : ……


ジレイ : 俺達はやがて これまで(旧型)とは違う場所に行きつくのだろう

ジレイ : ……シュガーポップムーンは 人間様を笑顔にしたいといったらしいな

ジレイ : シャノアは人間様に寄り添いたいと言っていた

ハーヴィ : ≪|   ≫(端末は明滅を繰り返したまま、頷く。)

ジレイ : これが我々に許された特権──炉心の在処だというのなら

ジレイ : 俺達は俺達を新しく定義していかなければならないのだな

ジレイ : 貴様はどうしたい

ジレイ : (……ジレイは 本当はその答えを知っている シャノアから聞いている だから)

ジレイ : (彼の口からききたかった ちょっとした意趣返しだ)


ハーヴィ : ≪……そうだね。≫ ≪バベルの外じゃきっと、これまでの”権利”も通用しない。考えて、実行する事には責任が伴う。≫

ハーヴィ : ≪オレ……? オレは、≫


ハーヴィ : …… (あなたの求めた答えかどうかは、わからないが。)

ハーヴィ : ≪オレは、“グレイ(灰色の)” ハーヴィ。 人間にはなれず、イミテイターからも程遠い。だから、≫

ハーヴィ : ≪白黒つけない、ふたつの存在を繋ぐものでありたい。≫

ハーヴィ : (どうしたい、どうありたい。たくさんの【心】に触れてきて尚、それは変わらない。)


ジレイ : ……そうか

ジレイ : 幸運だったな どっちつかずのハーヴィ

ジレイ : 俺が立派な軍属イミテイターのジレイであれば

ジレイ : 俺は貴様を連行してスクラップにしていたことだろう

ジレイ : …… もう 起こりえない話だ

ハーヴィ : ≪懸念があったら絶対に言わなかったよ、こんな事。≫

ジレイ : ヌハハハハ


ジレイ : ……貴様が この街が俺を変えた

ジレイ : どちらにせよ帰路など無いものだったが そうじゃない

ジレイ : 貴様の言葉には力がある

ハーヴィ : ≪……はじめて言われた、そんな事。≫(ぴん、と端末の端を指で弾き。)

ハーヴィ : ≪オレの言葉ほど無力なものなんかない。ようやく喋れても大事な事なんかこれっぽっちも伝わらない。≫ ≪……って、思ってたのに。≫

ハーヴィ : ≪これからはもう少し発言に責任を持たないといけなくなりそうだ。≫(苦笑いを浮かべて)


ジレイ : これからのラインシャッハ国内は恐らく不安定になるだろう

ジレイ : 例えラインシャッハを出ようと イミテイターに類似した存在は恐らく山ほどいる

ジレイ : 筆を取れハーヴィ

ハーヴィ : ≪リーンの街も、人間とそれ以外が≫ ≪……筆?≫

ハーヴィ : (自分が取れる筆、といえば。)


ジレイ : 時代は変わる これからはきっと 武力だけでは解決できないものが頻発する

ジレイ : (束の間 悲し気に目を細め 意を決したように見開くと)

ハーヴィ : (僅かばかり、身じろぎと布擦れの音。あなたを見て)

ジレイ : 自らを 自らで立証するのだ

ジレイ : きっと 正しい意味で 人の為にあるために

ジレイ : (何も変わらない 人と人ですら 支え合っているのだから)

ジレイ : (だからこそ 自分たちは──)


ハーヴィは、絵画セットを使った。
キャンバスを広げる。

ハーヴィ : (徐に、広げたスケッチブック。極彩色の落書きと、精緻な模倣図を通り過ぎて。)

ハーヴィ : (まっさらなそれ。)

ハーヴィ : ≪それが『生きる』っていう事なら。≫ (肯定と、宣誓。)

ハーヴィ : ≪頑張ってみよう。間違えるかもしれないし、上手くいかないかもしれないけど。オレたちがただひとつの生き物であるために。≫

ジレイ : ……本当 愉快な奴め


ジレイ : (最初はあれだけ覇気を失っていたのが 随分と威勢を取り戻した)

ジレイ : 少なくとも俺は 俺達はイミテイターには戻れない

ジレイ : どっちつかずであることの 素晴らしい所を啓蒙してやれ

ジレイ : 俺は…… …………

ジレイ : 鋼鉄の鎧を着たまま 水中に飛び込むようなもの そう奴(シャノア)はいっていた

ハーヴィ : ≪素敵な激励の言葉だ。流石だね。≫ (そう返してすぐ、続くあなたの言葉に端末は「……」の文字を映し出し。)


ジレイ : ゼータ様は炎の渦巻く炉だとも

ジレイ : 奪ったものが多すぎた

ジレイ : 生きろと願われて その中で奪い取ったものへの責任を取る方法を まだ 分かりかねている

ハーヴィ : ≪……難しいな。"スクラッパー"のオレにその答えを出すのは。≫

ハーヴィ : ≪……けど。……ああ、ついでだから聞いてよ。≫

ジレイ : なんだ

ハーヴィ : (端末を残したまま、徐に立ち上がると棚のほうへ)

ハーヴィ : ≪ここで色々見てたでしょ。新聞読んだ?≫

ジレイ : ……無論 『バベル』解体への経緯は把握してるつもりだが……


ハーヴィ : (戻ってくれば、手には新聞。いつかこの場所で話した時、あなたがそうしたのにも似て。)

ハーヴィ : ≪見て、ここ。≫ (今月はじめの日付の新聞を捲り。──三面記事。)

ジレイ : (覗き込む わざわざ何を……)

ハーヴィ : (要約すると。『マリオネッタを含むすべてのRB社製品の破棄が完了して』 『その社長は獄中にてマリオネッタの制作経緯、その悪意を語った』。)

ハーヴィ : ≪きょうだいがいたんだ。9人。≫ (いつかホテルのロビーで話したこと。)

ジレイ : …… あまり気持ちのいい記事には見えないが

ハーヴィ : ≪そうだね。≫ (感情の見えない瞳で端末は語る。)


ハーヴィ : ≪オレだけになってしまった。マリオネッタは。きょうだいと、きょうだいじゃない他の型番たちも。≫

ハーヴィ : ≪マリオネッタだけじゃない。オレが街の外で終わらせてきた沢山の仲間も。オレは背負って生きて行かないといけない。≫

ハーヴィ : ≪どっちつかずのハーヴィは、イミテイターと人間を繋ぐもの。そうなりたいけど、今はもうひとつ、ならないといけないものがある。≫

ジレイ : ……たった一人の生き残り か

ハーヴィ : ≪オレは。RB2000-MAから”2049”までと、終わらせてきたもの全部の。≫

ハーヴィ : ≪墓標。≫


ジレイ : …………

ジレイ : ああ

ジレイ : (思わず笑いがこらえきれなかった くつくつと笑いだす)

ジレイ : なんて因果だ

ジレイ : 俺はな 最近似たような話を聞いた

ジレイ : シリーズたったひとりの生き残りが 最後の最後に自分に与えられた任務を熟そうとしたらしい

ジレイ : 俺の破壊だ

ハーヴィ : …… ≪テラ。≫

ジレイ : 知っているのか

ジレイ : (想定外だった 思わずこぼれ出た言葉)


ハーヴィ : ≪わからない。ただの推測。≫ ≪けど、テラは一度だけ『オレだけに』って話してくれた。テラはなにかを悩んでた。≫

ハーヴィ : ≪テラの話のそばにはいつもジレイがいた。≫ ≪この間の事があった。≫ ≪テラは『ジレイが自分をテラに戻してくれた』と言った。≫

ハーヴィ : ≪だからそうだと思った。≫

ジレイ : カマカケだと 小癪な真似を

ジレイ : ……いい 許してやる もう過ぎた話だ 奴もきっともう何も思っちゃいない

ハーヴィ : ≪今日は許してもらってばっかだ。≫

ハーヴィ : ≪……けど、そっか。そうだったんだね。≫ ≪大変だったね。≫


ジレイ : 奴の兄弟機は皆俺に怨嗟を残して再起不可となったそうだ

ジレイ : だが(両手を仰々しく広げて) 俺は生きている

ハーヴィ : ≪ポップも、ジレイも、テラも。……みんなが抱えてきたものはオレとは違いすぎて、とても”同じ”とか”分かる”なんてことは言えない。≫ (眩しいものでも見るように、目を細めてあなたを見る。)

ハーヴィ : ≪けど、"比べて軽い"とも思わない。≫

ハーヴィ : ≪──みんな生きてた。≫

ハーヴィ : ≪オレたちもまだ、≫

ジレイ : それ以上は言うな …… ふ

ジレイ : ただのイミテイターでいたときよりも ずっと雁字搦めだ


ジレイ : RW201は便宜上一度破壊されるが そのパーソナリティを引き継ぐ俺には咎がある

ジレイ : この罪悪を正しく飼いならし 真に悼む方法を 探さなければならない

ジレイ : ……暫くはそうして生きるよ

ハーヴィ : ≪人間ってのはすごいね。オレたちが生きてるとか生きてないとか、心があるとかないとか大騒ぎしてる時にこれを普通にやってるんだから。≫(やれやれ、と言った様子で。)

ハーヴィ : ≪……うん。ジレイがそうするって決めたなら応援する。友達が頑張ろうとしてる事だからね。≫


ジレイ : …… 本当 ほとほと 人間様は素晴らしいことを 思い知らされる

ジレイ : ありがとうハーヴィ 正直なところは 俺を見失いかけていた

ジレイ : 使命もなせなかったというのに それを悔いて見失って 呆然としたまま過ごすなんて

ジレイ : それこそなんの ……そう

ジレイ : 生産性がないではないか

ハーヴィ : (んふふ、と笑い声が漏れる。)

ハーヴィ : ≪使命<役割>がなくて呆然としたまま生産性もなにもなく死んだように過ごすのだったらオレはジレイの大先輩だよ?≫

ジレイ : ええ す すまん

ハーヴィ : ≪冗談だよ。≫ (声も出さず、口元に手を当てて笑うさま。無言劇。)

ハーヴィ : ≪……けど"わかる"よ。それだけは。≫ ≪その苦しさは。先の見えなさは。≫

ジレイ : ……そうか


ジレイ : ハーヴィ

ジレイ : 肩を思いきり叩いてくれるか?

ハーヴィ : ≪うん。だからオレから何かを見付けてくれたなら、2049も浮かばれるね。≫

ハーヴィ : ≪……なに?≫

ハーヴィ : ……

ハーヴィ : ≪どういう感、 ……≫

ハーヴィ : ≪……わかった。思いっきりね。≫

ジレイ : ああ 頼む 感情をこめて!

ハーヴィ : (こく。)


ハーヴィ : (マリオネッタ型イミテイターは、基本的に人間と同程度の膂力しか発揮できないよう制限されている。)

ハーヴィ : (立ち上がって、背中側。あなたに見えるよう残した端末に浮かぶ文字。 ≪起動コード:LIKE TEARS IN RAIN // クラック開始 ──COMPLETE≫)


ハーヴィ : ≪#L = T " I" R≫
≪コード実行 // ”ACCELERATION”≫
ハーヴィは[チャージ]になった

ハーヴィ : ……

ハーヴィ : (スッ、

ハーヴィ : パァーーーーーン!!!!!!!)

ジレイ : がッッッ …… !………… ……!!!

ハーヴィ : (ちっちゃく「ふんっ!!」って言ったかも。)

ジレイ : (男は、人間以下の耐久力だった)


ジレイ : 絶対壊れた!

ジレイ : 絶対壊れた!!(壊れてない。)

ハーヴィ : ≪壊れてない。大げさ。≫

ジレイ : ……くぉッ…… ビリビリする…… はあ……

ハーヴィ : ≪思いっきりって言ったのジレイだもん!≫


ジレイ : (ハーヴィ──2049と出会って直後のころは よくジレイがこうやって 彼を怖がらせていた)

ジレイ : (本人は激励のつもりであった)

ハーヴィ : (あなたがそうしろと言った意図を汲んだのか、はわからないが。)

ハーヴィ : ≪オレはこれやられるたびに関節外れないかびくびくしてたよ。≫ (言いつつも。MA型と呼ばれる者たちの身体パーツは基本的に簡単には外れない仕組みになっているのだが。)


ジレイ : ありがとう ハーヴィ

ハーヴィ : ン。 ≪これで仲直りだね。≫

ジレイ : ヌハハハハ

ジレイ : (肩をまだ抑えながら 立ち上がり)

ジレイ : これがさよならになるかもな

ハーヴィ : ≪やーだ。さよならしない。≫

ジレイ : どういう意味だ この街は──

ハーヴィ : ≪テラとマリヤと一緒に住むんでしょ? リーンのほう。オレたちも行くから。≫

ハーヴィ : ≪いい物件見付けたんだよね~。≫ (るん、と立ち上がり、あなたのほうへ寄り。)


ハーヴィ : (うなだれたまま、額をあなたに押し付けて。挙げた片腕、端末に文字。)

ジレイ : な なんだ なれなしい……

ハーヴィ : ≪みんなしてオレになにかを託そうとする。残そうとする。さよならしようとする。そんな事しないでよ。寂しいよ。一緒にいてよ。一緒にいたいよ。≫

ハーヴィ : ……

ジレイ : (先日それで大変怒られたばかりだ 戸惑ったように 視線が泳いで)


ハーヴィ : (くっつけた額を離せば、身長差のぶん見上げるかたちであなたの目を見て。)

ハーヴィ : (にぱ、と笑顔。両手で持った端末が顔の前。)

ハーヴィ : ≪だから、向こうに行ってもよろしくね!≫

ジレイ : なんだァ~~……

ハーヴィ : ≪遊びに来てね! ホントにいいとこだよ! 裏庭プール付き! ご飯屋さんがすぐ隣!≫

ジレイ : すごい

ハーヴィ : (威圧されてもなんのその。もう怖くないもんね~)

ハーヴィ : ≪すごいでしょ。機工の整備用ガレージもみっけた。≫

ジレイ : わかったわかった もういい……


ジレイ : (男は思った イミテイターは 本当は寂しがりな存在なのかもしれない)

ジレイ : (誰かに求められなければ 存在できない 存在する必要がない そういう風に活動してきたから)

ハーヴィ : (にこにことした様子でついさっき語ったばかりの寂しさを覆い隠したそのイミテイターは、『とびきり人懐こく、とびきり孤独を嫌うように』設計されたという。だが、その事実がどうであれ。)

ハーヴィ : (11年。生まれて間もなく孤高の2049を演じることを強いられたその存在にとって、知ってしまった温もりは手放し難い。)


ハーヴィ : ≪じゃあご招待リストにジレイは追加、で……。≫ (手帳にさかさかとあなたの名を書き込み。……イミテイターらしからぬラフな筆記体。)

ジレイ : わかった わかったってば ……

ハーヴィ : ~♪


ジレイ : (振り返って角から覗く資料庫)

ジレイ : (ここにはこの街の歴史が累積しつづけている 埃のように)

ジレイ : (連続性があるということ それは自分が自分である限り過去からは逃れられないということ)

ジレイ : (衝動や欲求から生まれた消極的な決断だ 手向けすら与える権利がないのだから せめて)

ジレイ : (先にある 秩序なき祝福と呪いを受け止めなければならない)

ジレイ : (激励ひとつ(仲直り)で十分だ きっとお互いに)

ハーヴィ : (青年の姿をした十字架は、人形は、ただの生き物は。)

ハーヴィ : (あなたに手を振った。別離ではなく、再会を。今日の続きを迎えるために。)


ジレイ : では

ジレイ : ── また

ハーヴィ : ン、


ハーヴィ : (そうしたあと。……あまり乱用はできないものだから、言葉は慎重に選んで。けど難しくなくていい。)

ハーヴィ : またね。

ジレイ : (後ろ髪ひかれるように 一度だけ振り返って 扉は閉められた)


ハーヴィ : ……

ハーヴィ : (また会えますように。願うばかり。違えた道、戻れない日々。抱えて歩き出したその先で、また交わる時はきっとくる。)

ハーヴィ : (外に出れば、鈍色の空。瓦礫と建造物が混ぜこぜで。)


ハーヴィ : ……。 ≪Fake! fakE!≫
跳躍=弧を描く/宙に溶ける。
ハーヴィは[ステルス]になった

ハーヴィ : (その狭間を駆け抜ける。まっすぐに、大事な人たちが待つ場所まで。)

ハーヴィ : (あなたとわたしがまた会うための、帰り道。)




 2023 by ROUTE87 / 大槻

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