サザンクロス
- wisteria8770
- 2024年3月3日
- 読了時間: 18分

ハーヴィ : (街の入り口までくれば、いつもの場所にいるあなたの姿を見つけ出し。)
ハーヴィ : ≪お待たせ。なんだか最初の約束より随分遅くなっちゃったね。≫
セイラ : 『──や、ハーヴィ』
セイラ : (寄る辺ない脚をぶらつかせ)
セイラ : (小欠伸、涼風のベンチ)
セイラ : 『気にしなくても佳いわよ。 ここが無くなるまでなら何時でも一緒』
ハーヴィ : (吐く息に苦笑めいた音が混じり)≪それもそうか。≫
セイラ : 『えぇ。 だからむしろ“間に合って佳かった”ね』
セイラ : (小さく腰を浮かせて、ひと一人分だけ身体を寄せて)
セイラ : 『どうぞ』(空いた場所を叩く手爪先のおと)
ハーヴィ : ≪それ”は”そう。≫ ≪後腐れなく出て行くには気がかりが多いから。≫
ハーヴィ : (言われれば、小さく声を上げて示された場所へ。すとんと腰を降ろす。)
セイラ : 『宜しい』
セイラ : (なぜかちょっと得意げ)
ハーヴィ : ≪なんだそれ。≫(声もなく、口元に手を当てて笑う仕草)
セイラ : 『──それで』
セイラ : (溜め息ひとつ。 冬曇りの空も、あといくつ)
セイラ : 『あなた、シュガーポップムーンと往くんだって?』
ハーヴィ : ≪……この間の続き、で合ってたね。≫
セイラ : 『あら、ちゃんと覚えてたのね。 ふふ』
ハーヴィ : ≪覚えてない事ないでしょ。 あれから色々考えたんだから、オレも。≫
セイラ : 『ほんと、真面目よねハーヴィって』
セイラ : 『あたしの噺なんて、耳を塞いじゃえば佳いだけなのに』
ハーヴィ : ≪人付き合いを始めたのってここ一か月くらいでさ。何を言って良くて何を言ったらダメだったのか分かんなくて毎日悶絶中だよ。≫
ハーヴィ : ≪だからきみのことも無視するって選択肢もなかったな。≫
セイラ : 『知ってる』
セイラ : 『あたしとの約束を、こんな丁寧に守ってくれたんですもの』
セイラ : 『聞かなくても佳い、って言っても、あなたは来る』
セイラ : 『そういう人だって分かってたから、あたしもここで待つのは楽しかったわ』
セイラ : 『次の約束がもう出来なさそうなのが、ちょっと心残りね。 ふふ』
ハーヴィ : ……(吐息 / 意外そうに / 無言劇)
ハーヴィ : ≪楽しみにしてくれてた、ならよかったけど。≫
ハーヴィ : ≪バベルでは ……最後になっちゃうのかな。 けど外には出るんでしょ?≫
セイラ : 『えぇ。 そうね』
セイラ : 『どこに行くかも、何をするかもまだ決まってないけれど』
セイラ : 『出て行かないことには仕方ないじゃない』
セイラ : 『だってあたし、こんなところで死ぬのはごめんだもの』
ハーヴィ : ≪……そうだね、ここはオレたちの墓場じゃないし、誰かに死ぬのを決められるのも嫌。≫
ハーヴィ : ≪ね、行くならきっとリーンの方がいいよ。オレたちもそこに行くし、あそこから色んな所にも行けるしさ。そしたらオレたち、きっとまた会える。≫
セイラ : 『……リーン?』
ハーヴィ : (肯定) ≪ここからずっと離れた国の交易都市。冒険者の活動拠点。オレも外の仕事で行ってる。≫
セイラ : 『…………』
ハーヴィ : ≪あそこはいいよ。種族も出自も気にされない。≫
セイラ : 『……さて、どうしようかしら』
ハーヴィ : ≪『こんなの』に仕事があるんだからね≫ (端末と、人形の指。順番に指さして。)
ハーヴィ : ≪まあ、考えてみてよ。このまま会えなくなったら寂しいからさ。≫
セイラ : 『仮令それが、“動く死体”だったとしても?』
セイラ : 『見つかるかしら、ほんとうに』
ハーヴィ : ……
セイラ : (砕ける雲の眼路のかぎり)
セイラ : (この空は、どこまで続いているのでしょう)
セイラ : 『確かに、逢えなくなるのは寂しいけれど』
セイラ : 『私の居場所が、そこにあるとは想えない』
セイラ : 『……ま、あるかどうかも、そも定かじゃないんだけれどね』
セイラ : 『だったら』
セイラ : 『いっそ、どこか誰も彼もに忘れられるところに往ってしまって』
セイラ : 『あなたの、“気がかり”になるのも面白いかなって』
セイラ : 『想ってる』
ハーヴィ : ≪怖い事思い付くもんだね、毎回。≫ ≪オレのことを忘れないし永遠にできる、とか言ってたのに。≫
セイラ : 『知ってるでしょう? ハーヴィ』
セイラ : 『あたしは、正しくもなければ、優しくもない』
セイラ : 『セイラが生きた証を、その一片を誰かに呪うためなら何でもする』
セイラ : 『あたしは、そう云う“もの”でいたいのよ』
セイラ : 『こんなこと云うと、またシュガーポップムーンに怒られちゃうんだけどね。 ふふ』
ハーヴィ : (おもちゃめいた模様付きの瞳に陰が落ち)
ハーヴィ : ≪……オレには、正しさも優しさも分からない。≫ ≪隣にいる友達の言葉に、こうしていつまでも答えを出せないでいるんだから。≫
ハーヴィ : ≪きみの出した答えは邪魔したくない。≫ ≪きみが幸せであってほしい。≫ ≪矛盾してるのかどうかさえ分からない。≫
セイラ : 『あはは。 出せるわけないじゃない、答えなんて』
セイラ : 『だって、ただの我が儘だもの。 駄々を捏ねてるの』
ハーヴィ : ≪答えを出せるのがイミテイター、らしいから。出せないオレはやっぱり欠陥品だね。≫
ハーヴィ : (そうして聴こえたあなたの言葉に、吐息の真似事。)
セイラ : 『……ね、ハーヴィ』
ハーヴィ : ≪なに?≫
セイラ : 『あなたって、やっぱり今でも人間になりたいの?』
ハーヴィ : ≪え?≫
セイラ : 『あるいは──“もう人間”なの?』
セイラ : 『なんだかずっと、イミテイタらしくないなって、そう想ってて』
セイラ : 『イミテイタよりも、ずっと“私”に近い気がしたから』
セイラ : 『これは与太話で、推論で、他愛のない問』
ハーヴィ : ≪ ──ああ、『そういう生き物になる』とは、うん、言ったか。≫ (独り言つように文字が流れ)
ハーヴィ : ≪あのね、ひとつ誤解がある。≫
セイラ : 『……誤解?』
ハーヴィ : ≪オレは自分を人間だと思った事は一度もないし、人間になりたいと思ったこともない。≫
ハーヴィ : ≪オレは今までもこれからも、ずっとイミテイターだよ。≫
セイラ : 『……』
ハーヴィ : ≪ただ、オレはこの演算と身体感覚を、命であると定義した。ただそれだけ。≫
セイラ : 『……なぁんだ。 やっぱりちゃんと考えてるのね、あなたは』
セイラ : 『もし人間だって云うなら、あなたの心残りになってやろうと想ってたのに』
セイラ : 『羨ましいわ。 ちゃんと答えを見つけてる』
セイラ : 『からかい甲斐がなくて、面白くはないけどね。 ふふ』
ハーヴィ : ≪どういうわけかよく訊かれるから、嫌でも考えないといけなかったんだよ。≫ ≪こんなの、どう見たって人間じゃないのに。≫
ハーヴィ : (人形の腕 / 頭と首の稜線 /人擬きがやれやれと吐き出す、ハルシネーションでイミテーションな吐息の音。)
セイラ : 『……』
セイラ : 『……ふーん』
ハーヴィ : ≪心残りにならないでずっといてくれたほうがオレは嬉しいんだけど。友達なくしたくないんだもん。≫ ≪……? どうかした?≫
セイラ : 『……じゃあさ、ハーヴィ』
セイラ : (小さな溜め息。 冬景色からひかりを呑んで)
セイラ : 『あたしは、どっちだと想う?』
セイラ : 『ひとか、イミテイタか』
セイラ : 『“どう見たって人間じゃないあたし”は──どっち?』
セイラ : 『……』
セイラ : 『……なんて、ちょっと意地悪かしらね』
セイラ : 『答えはないわよ。 あなたの感想が訊きたいだけ』
ハーヴィ : ≪感想ね、わかった。≫
ハーヴィ : ≪…… 『きみは自分をセイラだと言った。セイラは生きていると言った。前はわからなかったけど、今はきみが在りたいように在るべきだと思ってる』。≫
ハーヴィ : ≪けど、≫
ハーヴィ : ≪自分を捻じ曲げて殺し続けた2049とハーヴィは、きみの選択できみが苦しまないかが心配だ。≫
ハーヴィ : ≪……かな。許してよ、オレは”グレイ(どっちつかず)” なんだ。自分の在り方を曖昧にしてる奴に他人を定義する資格はないよ。≫
セイラ : 『……くすっ』
ハーヴィ : ≪なにさ。怒っていいよ。≫
セイラ : 『苦しむ、などと云うことはありません』
セイラ : 『当該疑念に対しては、既に一定以上の回答を集積しております』
セイラ : 『考えること』
セイラ : 『考え続けること』
セイラ : 『私の選択は、過日の彼女に寄り添えているか』
ハーヴィ : ……
セイラ : 『今の私は、考えることを放棄しません』
セイラ : 『命令だけで動くイミテイタではありません』
セイラ : 『私は過日の責任を、集積した問で』
セイラ : 『そこから導かれた私の答で、実行しているのです』
ハーヴィ : (伏せられた瞳。あなたの声だけを聴いている。他にはなにも。)
セイラ : 『ですから、私の選択に間違いはありません』
セイラ : 『結果的なミスを修正し、常に最新verへのアップデートを重ねています』
セイラ : 『故に』
セイラ : 『セイラを連れてここを出るのも』
セイラ : 『あなたと道別れになるのも』
セイラ : 『あなたのコードの一部に遺りたいと願うのも』
セイラ : 『全て、私の“選択”です』
セイラ : 『それは使命ではなく、よってエラーが発生する蓋然性はゼロ近似です』
セイラ : 『……意地悪しているのが“私”だってバレちゃうのは、ちょっぴり困るけどね。 ふふ』
ハーヴィ : (再び開かれた瞳。あなたを ──少女と、鈍色の腕を視界に収めて。)
ハーヴィ : ≪それが、≫ ≪聞けて≫ ≪本当に良かった。≫ (一行ずつ、一言ずつ。)
ハーヴィ : ≪ずっと不安だった。きみがきみを押し殺していないか。だからずっと『本当のきみは』って訊いていた。≫
ハーヴィ : ≪けど、きみがそうしたくてそうするなら、オレはそれをそのまま受け入れたいと思った。≫
ハーヴィ : ≪でも、それでもきみが”無理”をしてるなら、最後にもう一回だけ訊こうと思ってたんだ。≫
ハーヴィ : (はじまりの言葉、否、文字列。)
ハーヴィ : ≪「大丈夫?」って。≫
ハーヴィ : ≪……信じるからね、オレはそういうの。≫
セイラ : 『……大丈夫よ。 心配性ね』
ハーヴィ : ≪そう、なら安心だ。≫
セイラ : (その言葉は硝子と鋼青のいろをしていて)
セイラ : (目はずっと、流れる文字列を追っている)
セイラ : 『……まぁ、でもそのお陰で、困りごとも増えたのだけれどね』
セイラ : 『ここを出てから往く先とか、ほんとに』
セイラ : 『何からしたら佳いのか、ずっと決まらないの』
ハーヴィ : ≪それはオレもだよ。≫ ≪どうにも、居場所っていうのは自分でなんとかして確保しないといけないみたいだ。≫ ≪全然気が付かなかった。オレにここでの居場所はなかったから。≫
セイラ : 『……悩ましいわねぇ。 まったく』
セイラ : (はふぅ、です)
ハーヴィ : ン~、(まったくだ、と言いたげな声。)
セイラ : 『仕方ないと云えばその通りなのだけれどね』
セイラ : 『あなたも私も、だってもう“いる”のだから』
セイラ : 『居場所のないひとが、いないままで許される揺籃』
セイラ : 『このバベルは、そういう場所だったけれど』
セイラ : 『そろそろ、独り立ちの季節だわ』
ハーヴィ : ≪困ったことに、”自分が居る事”を自覚するともうどうしようもないらしい、『生き物』は。≫
ハーヴィ : ≪……オレも、気が付かなかったらここと一緒に燃やされて終わりだった。元々ここには捨てられて来ただけだからね。≫
ハーヴィ : ≪……ねえ、いっつも訊かれてばっかりだからさ、オレもいっこだけ質問したいな。≫
セイラ : 『……あら、そうだったかしら?』
セイラ : 『そんなに質問してたっけ、あたし』
セイラ : (ひとつ、ふたつ指折りながら──“どうぞ”と)
ハーヴィ : ≪回答に窮して帰った後に毎回悩む程度には。≫
ハーヴィ : ≪ま、いいけど。……うん、あのさ、その、≫
ハーヴィ : (歯切れの悪い文字が何度か。)
ハーヴィ : ≪”きみたち”は、ずっと一緒だったんだよね。≫ ≪ずっと≫
ハーヴィ : ≪人と、誰かとずっと一緒って、どんな感じなんだろう、って。≫
ハーヴィ : ≪オレにはそれがないから、知りたくて。≫
ハーヴィ : (俯く。その表情は、人間に当て嵌めるならどうしようもなく『寂しそう』な。)
セイラ : 『…………』
セイラ : (感嘆符)
ハーヴィ : ≪答えたくなかったらいいよ。そういうの、訊くのはよくない、とは思うので。≫
セイラ : (やさしく天に咽喉を鳴らし)
セイラ : (もいちど散乱のひかりを呑む)
セイラ : 『……そう、ねぇ』
ハーヴィ : (具体的にどう『よくない』かは言えないが。そういう感覚。あるいは罪悪感のようなそれを文字に映し)
セイラ : 『……面倒よ、本当に面倒』
ハーヴィ : ≪面倒……≫
セイラ : 『そもセイラって、生きてるときから無理難題ばっかりだったし』
ハーヴィ : ……(小さく頷き、耳を傾ける)
セイラ : 『亡くなってからは、何も云ってくれないし』
セイラ : 『その癖、私に人間らしさを押し付けて来るし』
セイラ : 『お蔭で、大事なプロセスにまで支障が出ちゃうし』
セイラ : 『ほんと、いくつになっても子供みたいで』
セイラ : 『……佳いものではないわよ。 これは本当』
ハーヴィ : (その人形は、あまりにも長く一人芝居を続けすぎて。まだ人の感情の機微の学習は十全ではなかったが。 それでも、言葉とは別の感情を感じ取り。)
セイラ : (伸びひとつ)
ハーヴィ : ≪今でも 大好き?≫
ハーヴィ : (そんな疑問が端末に浮かぶ。)
セイラ : 『……何を聞いていたのかしらね』
ハーヴィ : んう、
セイラ : 『……』
セイラ : 『……えぇ、もちろん』
セイラ : 『私が何者であれ、彼女は彼女』
セイラ : 『あたしのたったひとりの、大切な主』
セイラ : 『あたしを壊してくれた、初めてのひとだもの』
セイラ : 『嫌いになんて、なれるわけないでしょ』
ハーヴィ : (それは、呪いにも似で、鮮やかな。)
ハーヴィ : (──笑顔をひとつ。)
ハーヴィ : ≪そっか。うん、そうか、そっか……≫
ハーヴィ : (何度かそんな『独り言』を繰り返して)
ハーヴィ : ≪ありがと。 ……聞けてよかった。≫
セイラ : 『……そんなに、意義のある答えだったかしら』
ハーヴィ : ≪あったよ、すごく。≫
ハーヴィ : ≪オレはきっとこれから、大好きな人たちと”ずっと一緒”だ。人形の身体に押し付けられた人間らしさを押し込めて。≫
ハーヴィ : ≪それはすごく嬉しい事だけど、怖くもある。ずっと一緒でいられるか、一緒でいた後、大好きでいられるか、大好きでいてくれるか。≫
ハーヴィ : ≪……オレと一緒にいたきょうだいたちは、最期までオレの事を覚えていてくれたか。≫
ハーヴィ : ≪だから、きみの答えは、うん。とても、安心した。≫
セイラ : 『……ふふ』
セイラ : 『何よあなた。 そんなことを心配していたの?』
ハーヴィ : ≪心配だよ。一か月前までオレの友達この子だけだったんだよ? 短い間に大事なものが増えすぎた。≫(ぬいぐるみが膝の上。)
ハーヴィ : ≪大事なものは、なくしたら困る。大事にできないのも。≫
セイラ : 『違うわよ、ハーヴィ』
ハーヴィ : ……?
セイラ : (小さく首を振る。 一度だけ)
セイラ : 『大切なものは』
セイラ : 『なくなっても、ずっと“ある”』
セイラ : 『それを保管するために』
セイラ : 『あなたは、あなたになったのだから』
ハーヴィ : ──……
セイラ : 『だから、あなたの心配は、全部杞憂』
セイラ : 『ちゃんと残るわよ。 全部』
セイラ : 『だって』
セイラ : 『私との口約束を最後まで守ってくれた、あなたなんだから』
ハーヴィ : (俯いて。ぐす、と小さな音が混じる。)
ハーヴィ : ≪オレはオレになるんだとか、白黒つけないんだとか、色々言っても、教えてもらってばっかりだ。≫
ハーヴィ : (ベンチの上、脚を上げて、膝を抱えて。感情であれば涙すら再現する押し付けがましい人間性。口元は隠したままで、喋る口。)
ハーヴィ : ≪きみと友達になれてよかったな。≫ ≪きみと話せなくなるのは 寂しいな。≫
ハーヴィ : ≪けど ありがとう 俺に寂しいをくれて。≫ ≪きっと 誰もいないから寂しいんじゃないんだ 誰かがいたから寂しいんだ、きっと。≫
セイラ : 『……あら、詩人ね。 ハーヴィ』
ハーヴィ : (ふへへ、と抜けるような笑い声。涙と息をめいっぱい留めて、吐き出した時のそれ。)
セイラ : 『貰った分を返しているだけなのにね』
セイラ : 『あたしは、優しくも正しくもない、ただのあなたのひとりの友達だから』
セイラ : 『寂しい気持ちが無いと云えば、それはきっと嘘だけど』
セイラ : 『私はきっと、この寂しさと同じくらい、ずっとあなたを忘れない』
セイラ : (そっと、手を伸ばして)
セイラ : (あなたの髪を、指先で梳く)
セイラ : (過日、いつかの少女にしたように)
セイラ : 『だから』
セイラ : 『あなたがいつか、私を覚えていたなら』
セイラ : 『その時は、寂しいぶんだけ笑ってくださいな』
セイラ : 『あたしも、そうするから』
ハーヴィ : (指が髪に触れれば、また瞳の端には涙が溜まり、)
ハーヴィ : (許されるなら、あなたの手を取るだろう。人形の、しかし柔らかく温かい手。両手で包み込むように。)
ハーヴィ : (端末は暗いまま。何度も頷いた。)
セイラ : 『…………』
セイラ : (白磁の冷たい指先に灯るのは)
セイラ : (仮定された有機交流電燈の蒼いひかり)
セイラ : (私は、触れられるてのひらの感触に温もりに)
セイラ : (玲瓏の天の海から射し込む、ひとすじの蒼を眺めておりました)
セイラ : (それは、あなたの気が済むまでのこと)
ハーヴィ : (ふるふると数度首を振って。けれど手は離さずに。)
ハーヴィ : ≪……こういう時、ありがとうも大好きも言えないのが本当に悔しいな。≫
ハーヴィ : ……
ハーヴィ : ≪ううん、やっぱり”言う”。≫ ≪オレは、オレのほうで勝手にまた会えるって信じるけど≫ ≪でも、”この約束”はもう終わりだから。≫
ハーヴィ : ≪ねえ、けど、きっと興ざめするだろうから先に謝っておくね。オレのエラーは、かなり笑えるから。≫
セイラ : 『ふふ』
セイラ : 『ハーヴィって、ちょっとセイラに似てるわね、やっぱり』
セイラ : 『可笑しな所だけ頑固なあたり、特に』
ハーヴィ : ≪やり方が分からないんだよ。初めての事ばっかりだから。≫
セイラ : 『……大丈夫。 興覚めも笑いもしないって』
セイラ : 『あなたとできる最後の約束だもの』
セイラ : 『それを無下にできるほど、私は人間になった心算もないわ』
ハーヴィ : (ふふ、と小さく笑い、そうした後。)
セイラ : (そっと)
セイラ : (目を閉じた)
ハーヴィ : …… ……
ハーヴィ : (──”口を開いた”。)
ハーヴィ : ……深海魚の地盤降下は涙ぐましい副作用、 ≪あの時きみに声をかけてよかった、≫
ハーヴィ : 夢見がちな成文法一網打尽のキュービックが裏返り ≪きみのくれた『また来週』が嬉しかった。≫
ハーヴィ : (言葉とも呼べない単語と単語の羅列。)
ハーヴィ : パトリオットに突き刺した五十音の結晶構造、 ≪きみのこと、きっとずっと忘れないから≫
ハーヴィ : (羅列/羅列/羅列 ──ふいに止まり。)
ハーヴィ : ≪SYSTEM:≪#L = T " I" R≫≫
ハーヴィ : (言葉ではない文字、システムログ。押し付けられたものを、マリオネットの糸を断ち切る術。)
ハーヴィ : (それが許される時間はあまり、長くないけれど。)
ハーヴィ : ありがと。ずっと大好きだよ。
セイラ : (一秒)
セイラ : (二秒)
セイラ : (春はやてが少しだけ薫る風を肌で感じながら)
セイラ : (斯くて私は、ゆっくりと瞼を持ち上げます)
ハーヴィ : ≪ね、笑えるエラーでしょ。≫
セイラ : (言葉の意味は、そのほぼ全てが理解の及ばないものでしたが)
セイラ : (ですが、まぁ)
セイラ : (けれど)
ハーヴィ : (許された時間は終わりを告げて。苦笑。)
セイラ : (ひとつだけ、確信が持てることがあったので)
セイラ : (その唯のひとつを頼りに)
セイラ : (口を開きました)
セイラ :
セイラ : (きっと彼が伝えようとしてくれた気持ちは)
セイラ : (それが私の中に在る、この穏やかな心地と同じなら)
セイラ : (最初から、紡ぐ言葉は一つだけで佳い)
セイラ : (たったのひとことで)
セイラ : (あなたの言葉の全てに触れて)
セイラ :
セイラ : 『私もだよ。 ハーヴィ』
セイラ :
セイラ : (それから、小さな溜め息ひとつ)
ハーヴィ : (笑顔。声も文字もなく。ただの一言で人形の【心】に春の陽のあたたかさをくれたあなたに返す、言葉にすることすらも惜しい、親愛を。)
ハーヴィ : (人形の言葉は無力で。伝えたい事の半分も伝えることが出来ないのに、あなたの声は。)
ハーヴィ : (響くのだろう、幾重にも。)
セイラ :
セイラ : (それから、暫しのあと)
セイラ : (煤塗れのスカートの裾を、一度だけはたいて)
セイラ : (立ち上がります)
セイラ : (雲の切れ間の、ひかりに縋って)
ハーヴィ : ≪……行くの?≫
セイラ : 『えぇ』
セイラ : 『あなたの気持ちは、きっと伝わった』
セイラ : 『私の言葉も、ちゃんと伝わったと想うから』
セイラ : 『……だったら』
セイラ : 『それが一番で、それを最後にしたいから』
ハーヴィ : (頷きがひとつ。寂し気に。けれどどこかすっきりとした様子で)
ハーヴィ : ≪そっか。それじゃあ、≫
ハーヴィ : ≪元気で。≫
ハーヴィ : (またね、は押し留め、けれど確かに胸の内にある、ごく個人的な、祈りの言葉。)
セイラ : 『えぇ』
ハーヴィ : ≪はじめて、ちゃんと喋れたのが≫
ハーヴィ : (最後にひとつ)
ハーヴィ : ≪きみでよかった。≫
セイラ : 『……』
セイラ : (まばたき、一度だけ)
セイラ : 『そ』
セイラ : 『だったら、佳かった』
セイラ : (私の気持ちを伝えたら)
セイラ : (きっとまた、名残りが遺ってしまうから)
セイラ : 『……』
セイラ : 『ソアレ』
ハーヴィ : ……
セイラ : 『セイラから貰った、“あたしの人間の名前”』
セイラ : (口にして、踵を返します)
セイラ : (捨て台詞そして自己紹介は一度だけ)
セイラ : (最後の最後に一度だけ)
セイラ : (だって)
セイラ : (“きみ”では困りますから)
セイラ : (次に会ったときは、だから名前で)
セイラ : 『じゃあね、ハーヴィ』
ハーヴィ : (自己ハッキングの開始/非推奨行為/消耗 ──背を向けるあなたに、もう一度だけちいさな無茶。)
ハーヴィ : 宝物にする!! ありがとう!!
ハーヴィ : (あえて、名前を呼ばなかったのは。)
ハーヴィ : (きっとあなたと同じように。”次”を待っているから。)
ハーヴィ : (そうしてまた、いつものように、はじめて会った時と同じように。)
ハーヴィ : (宙を舞う。雨は、いつか流した涙も流すけれど。)
ハーヴィ : ≪Fake! fakE!≫
跳躍=弧を描く/宙に溶ける。
ハーヴィは[ステルス]になった
ハーヴィ : (今日の空は晴れていて。あなたの姿が、よく見える。)
ハーヴィ : (──終幕)