『セイラ』
- wisteria8770
- 2024年2月3日
- 読了時間: 9分
更新日:2024年2月5日

たのしかったです! 助けてください。
セイラ : ────もし
[2049] : ……?
セイラ : いませんか。どなたか。
[2049] : (通り過ぎようとし、ふいに聞こえた言葉に立ち止まり)
セイラ : (手摺を撫ぜる)
[2049] : (「オレ、じゃないみたいだ。イミテイター……?」)(少し、近付こうと)
セイラ : (役目を終えたモノから眼を逸らし乍ら)
セイラ : (問うのです)
セイラ : (問うのです。問うのです)
セイラ : 何方か。居りませんか。
セイラ : 私は人間です。私 は
セイラ : 人探しをしています。
セイラ : 聞こえませんか。イミテイタ。
[2049] : ……(見えるだろうか。己の『言葉』が。彼女に。分かるのだろうか。)
[2049] : (それでも一歩、前へ)
セイラ : 私は────
セイラ : (がらん、と)
[2049] : (あなたの前に立つ。胸元の端末を見せようと、)
セイラ : (足元の瓦礫を、硝子の靴で削りながら)
セイラ : (振り返るのです。おんなは)
セイラ : (それは実に、浅ましい犬のように)
[2049] : ≪ここにいる。大丈夫か。≫(そんな文字が、端末に表示され)
セイラ : …………
セイラ : (休符、いくら)
[2049] : (声は出せない。出せたとて、それはこの目の前の存在が発する言葉より、きっと意味を成さない)
セイラ : (それから)
セイラ : ────もし。
セイラ : (かちかちと、刻む視線で)
セイラ : (文字盤に、視線で触れました)
[2049] : ≪大丈夫か。≫(もう一度問う、文字がひとつ。あなたの目の前に。壊れかけた同族を、繋ぎとめる術は。)
[2049] : (──あるいは、もう壊れていたとしても。)
セイラ : 大丈夫、とは
セイラ : 何でしょうか。
[2049] : !(反応が返ってきたことに驚く。すぐに次の文字が現れる。)
[2049] : ≪助けが必要な状況かと判断した。あなたの身を案じている。≫
セイラ : …………
[2049] : (それが如何ほどに効果があるのか、逆効果なのか。分からないが、このイミテイターにはそれをやめる理由もつもりもなかった)
セイラ : 私は。
セイラ : (繰り返す。繰り返す。ゝ)
[2049] : ≪ああ。≫(応える。必要だと思ったから)
セイラ : (幾度も幾度も捲った頁をもう一度)
セイラ : 人を探しています。
セイラ : 腕の佳い技師と、鮮やかな髪の人間です。
[2049] : ≪ああ、人を探してここまで来たのか。≫
セイラ : (小さく頷けば、はらとヴェールが踊ります)
セイラ : 彼女の名前はセイラ。 私は人間です。
[2049] : (この言葉が、捲られた頁に挟まれる栞になるだろうか。無駄だとしても、応える。)
セイラ : あなたは。 私のデータベースにありません。
セイラ : 初期登録をお願いします。
[2049] : (人間、と呼ぶには程遠い。恐らく自分よりも)≪ああ、わかった。≫
セイラ : (押し黙る──斯くや、静止した)
[2049] : ≪RB社製、MA型。製造番号2049。 ……名前は、ハーヴィ。≫
[2049] : ≪登録を頼めるか?≫
セイラ : ハーヴィ。
セイラ : (呟いた聲は、消え入りそうなほどに小さいハスキーヴォイス)
セイラ : (けれど、よく通る聲だった)
セイラ : (この場にはおんな以外の聲はなく)
セイラ : (呼吸もなく、足音もない)
セイラ : (命がない。何もない)
[2049] : (青年の姿をしたそれが口を開くことはなく。だからそれは青年のものでもない。)
セイラ : (落とした遍くが佳く響く)
セイラ : ハーヴィは
[2049] : ……。(押し黙るその中に、吐息が混じる。)
[2049] : ≪ああ。なんだろうか。≫
セイラ : ご存じありませんか。
セイラ : 人間か、技師です。
セイラ : セイラが望んでいます。
セイラ : 応えなさいイミテイタ。
セイラ : 私は人間です。彼女はセイラ。
[2049] : ≪応答する、しばしの時間を。≫(焦ったように、文字が流れる。)
[2049] : ≪技師にはアテがあるが、あなたの望む者かはわからない。≫
セイラ : …………そうですか。 それは好ましいことです。
[2049] : (答えていいものだったのか、関わっていいのもだったのか、わからないが。このイミテイターの、人擬きの人格は、実に人間らしく出来ている。)
セイラ : これを直さないといけないので。
セイラ : そのために、技師が必要なのです。
セイラ : (笑むおんなは、その場てくるりと廻る一度)
セイラ : 私では直せませんでした。
セイラ : 技師でなくとも、どなたか解れば佳いのですが
[2049] : (これ?と、首を小さく傾げ。女が廻る。やたらとスローモーに感じるのは、きっとこの目が壊れたからではないだろう。)
[2049] : ≪人間様通りに、技師がいる。あなたの助けになれば良いのだが。≫
セイラ : 人体です。 人間の命と人間の身体と心。
セイラ : 人間は私を生み落としたのです。
セイラ : そしてあなたを。
セイラ : だったら。
セイラ : このくらい造作ない。
[2049] : …………。(沈黙。端末にはなにも表示されない。)
セイラ : 彼女はセイラです。
セイラ : セイラは望みました。
セイラ : 「死にたくない」と私に。
セイラ : ですから。
[2049] : (仮説 = あってはならない考え。 しかし、その答えは目の前にある。)
[2049] : (否応なしに / 突きつけられる)
セイラ : ハーヴィ。
セイラ : 教えてください。技師を。
セイラ : 私には足りないものが多すぎる。
[2049] : (”彼女は”セイラ。意味に気付く。虚構の鼓動が、 ハルシネーション が早鐘を打つ。)
[2049] : ……(沈黙。もっとも、最初から口など開いてはいない。)
[2049] : ≪人間様通りの技師では、足りないかもしれない。見つかるといいのだが。≫
[2049] : (かろうじて、文字の出力。……思考が帰結しない。ゆっくりと、ゆっくりと現れるその場凌ぎ)
セイラ : 足りないことはない。
セイラ : 人間は偉大です。
セイラ : 人間は不足なく正しいのです。
セイラ : でしょう。ハーヴィ。
[2049] : (造り物の、正しい思考。壊れているがゆえのそれは、如何とも揺るぎ難い。)
[2049] : (同意する? 否定する? どちらも間違っている。 沈黙する? それで何になる。)
[2049] : (RB2049-MAは、思考する。その人間じみた思考回路で、しかし未だ未熟な性能で。)
[2049] : ≪人間は正しい。同意する。だがそれを持ちえない人間では、あなたの望みは叶わない。≫
[2049] : (なんとも、歯切れの悪い言葉。)
セイラ : (沈黙、幾ら)
[2049] : ≪あなたの望みを不足なく叶える人間を、わたしは未だ知り得ない。≫
セイラ : (逡巡、と呼ぶには余りに過分な、キャッシュの削除とバッファの処理)
セイラ : そうですか
[2049] : (──恐怖。 青年型の模型が覚えた感情。女の一挙手一投足さえ、見逃してはならない)
セイラ : データベースを更新します。 技師情報無し。
セイラ : 残念です(と、零す言葉の軽さ)
[2049] : (一先ず。先延ばしと繰り返し。幾分、”彼女”には申し訳なかったが)
セイラ : でしたら、また探します。
セイラ : 思えば。
[2049] : ……?
セイラ : (想ってなどいない)
セイラ : 完璧な人間を直すのです。
[2049] : (想っている事を願う。空虚だとしても、そうではない事実を解っていても。このイミテイターはそう想う。)
セイラ : それは完璧な人間でないと、直せないのでしょうね。
セイラ : (それから)
セイラ : あゝ(と零すしぐさは、実に人間の)
セイラ : プロセスが更新されました。
セイラ : 完璧な人間です。 技師ではなく。
[2049] : (──栞には、なれないのだろう。それどころか。)
セイラ : ハーヴィ。 完璧な人間です。人間。
セイラ : 完璧な人間とはなんでしょうか。
[2049] : (捲られた頁に、朱書きをしたとしたら。彼女は、)
セイラ : 私のデータベースにはありません。
[2049] : ≪わたしも、知らない。わからない。≫
[2049] : (データベースではなく、記憶と知識として。ただそれだけを。)
セイラ : (それを聞いて、小さく笑う)
セイラ : (吐息のひとつも零れないその歪は)
セイラ : (どの表情よりも人から遠い)
セイラ : 仕方ないことです。
セイラ : 私にはあなたには、決して届かない噺。
[2049] : (つとめて、肩が上下するのを抑えて。肺の動きと似ているだけの空気の出し入れが、震えることのないように。2049は演劇用のイミテイター。身体を、感情を制御する程度。)
[2049] : ≪ああ。その通りだ。≫
セイラ : 違うのですから。人間とイミテイタ。
セイラ : 違うことは佳いことです。多様性。
セイラ : ですから。
セイラ : 私は、完璧な人間に殉じます。
[2049] : (ついさっき、ヒトに認められた己の生命に生じる懐疑。振り払う。振り払う。文字の映らない端末その後ろ、思考はずっと巡っている。)
セイラ : 私の凡ては、人間の為に。セイラの為。
[2049] : (”どっちつかずの”ハーヴィは生きている。灰色の命を抱えて生きている。)
セイラ : それが、私の
[2049] : ≪それが、あなたの、≫
セイラ : (──“我々”の)
[2049] : (言葉が、思考が一瞬交わり)
セイラ : あるべきかたち。
[2049] : ≪あなたの在り方を、私は尊重する。≫
[2049] : (本心だ。魔導仕掛けの内から出た言葉。”いつかこうなるかもしれない自分”を思えば、他人事などではなく。)
セイラ : ありがとうございます。ハーヴィ。
セイラ : 私は人間です。
[2049] : ≪ああ、あなたは 人間だ。≫
[2049] : (己がそう望むように、”彼女”がそう望むなら、そうあってほしいと願う。)
[2049] : (それが壊れた望みだとしても。)
セイラ : 私は、あなたに救われましたので、礼を。
セイラ : (観えた灯台のひかり。それは電光掲示の鮮やかな)
[2049] : ……。(息を吐く。震えの中に、驚きが混じり)
[2049] : ≪すこしでも、あなたの助けになれたのであれば幸いだ。≫
[2049] : (定型文めいて、けれど本心から。)
セイラ : ありがとうございます。
セイラ : 私は、完璧な人間を探します。
[2049] : ≪ハーヴィは、いつもこの街にいる。憶えていて。≫
セイラ : データベースに登録しました、ハーヴィ。
[2049] : (それがなんの役に立つかは、わからない。答えられない。だがそれでも、)
[2049] : (『やめないこと』を、どっちつかずは選んだのだ。)
[2049] : ≪見回りの、仕事に戻らなくては。また会おう。≫
セイラ : えぇ。
セイラ : 今度は、お待ちしております。
セイラ : 上等なオレンジペコを用意して。 あなたを。
セイラ : セイラはそれが好きでした。
[2049] : (こわかったはずなのに。哀れで健気なそれに後ろ髪引かれるのは、心配か、罪悪感か。)
[2049] : ≪今度はセイラの話も聞かせてくれ。 ……それじゃあ。≫
セイラ : (────セイラ)
セイラ : (最後に置いたその言葉)
セイラ : (そのおんなが終ぞ)
セイラ : (あなたを観ていないことの証明でした)
[2049] : (上を見上げる。足場の確保、よし。 ふっと視界から消える。──一瞬深く屈み。)
[2049] : ……。 ≪Fake! fakE!≫
跳躍=弧を描く/宙に溶ける。
[2049]は[ステルス]になった
セイラ : 気を付けて
セイラ : (消えた影に置く)
セイラ : (届かない言葉に)
[2049] : (地面を蹴る。/飛び上がる。/そうして銀糸の上、空中散歩のはじまり。)
セイラ : (残らないものに)
セイラ : (価値はない)
[2049] : (言葉を届けることは、もう叶わないが。)
[2049] : (手を振った。見ていなくても。届かなくても。無価値でも。)
[2049] : (そうすることに意味があると、”グレイ” ハーヴィは、信じたかった。)